年末年始の帰省がぐっと楽になる親子コミュニケーション術|世代別にわかる心理学ガイド
- tomokotsukakoshi
- 1 日前
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年末年始の帰省は、多くの人にとって心温まる再会の時ですが、同時に、久しぶりに顔を合わせる親とのコミュニケーションに、少しばかりの緊張や戸惑いを覚える機会でもあります。親子関係の研究を専門とし、臨床心理士・公認心理師として数多くのご家族と向き合ってきた経験と、近年の社会調査や学術研究を基に、世代間のすれ違いを乗り越え、より良い親子関係を築くための具体的なヒントを提供します。
実は、明治安田生活福祉研究所(2016)の調査によれば、大多数の親子が互いの関係を「良好」だと感じています。しかし、成人期以降の親子関係の研究では、その良好さの背景には意識されない緊張関係もふくまれていることがわかっています。本稿では良好だと認識されている関係をさらに一歩深めるための、コミュニケーションの「質」に焦点を当てていきたいと思います。ほんの少しの心がけで、家族との時間はもっと豊かで温かいものになるはずです。
【目次】

1. 年末年始の帰省でなぜ親子関係に疲れを感じるのか
現代の成人した親子関係は、一見すると非常に良好です。先述の明治安田生活福祉研究所(2016年)の調査では、子どもから見て母親との関係が良好だと感じる割合は90.9%、父親との関係でも77.9%に達しています。この数字は、多くの家庭で愛情深い関係が築かれていることを示しています。
しかし、その親密さの裏側には、見えにくい緊張が潜んでいることも事実です。米村(2008)のポスト青年期に関する研究では、親子の間に「自立」をめぐる葛藤や、親の「子離れ」と子の「親離れ」に関する両義的な感情が存在することが指摘されています。親は子の自立を願いながらも手元に置いておきたいと感じ、子は親に感謝しつつも干渉を煩わしく思う、といった複雑な心境です。
この傾向は、PGF生命の『おとなの親子』の生活調査2025でも裏付けられています。40代以上の成人のうち約1割が、自身が「親離れできていない」、あるいは「親が子離れできていない」と感じていると回答しました。この「高い親密さ」と「見えにくい緊張」の共存こそが、現代の親子関係の基本構造であり、コミュニケーション課題の根源となっています。こうした見えにくい緊張を適切に管理し、コミュニケーション戦略によって、より豊かな関係を育む方法について1つの提案を行います。同時に、親子関係があまり良好でない方向けの戦略もご提案していきます。
2. 親子関係を築く/壊す3つのコミュニケーション戦略
親子関係に対立や緊張はつきものです。それは異常なことではなく、むしろ関係が生きている証拠とさえ言えるでしょう。大切なのは、その緊張にどう向き合うか、その「対処法」です。Birdittら (2009)では、対立への対処法を大きく3つの戦略に分類しています。これらの戦略を知ることは、より良い関係を築くための第一歩となります。
建設的戦略(Constructive Strategies): 問題解決のために親子で協力したり、相手の視点を冷静に理解しようと努めたりする、前向きなアプローチです。研究では、この戦略が親子間の連帯感を高め、関係性に対する矛盾した感情(両価性)を低減させることが示されています。
破壊的戦略(Destructive Strategies): 感情的に怒鳴ったり、相手を一方的に非난したりする、直接的で否定的なアプローチです。この戦略は、関係を悪化させ、互いへの矛盾した感情を高める、最も避けたい対処法です。
回避的戦略(Avoidant Strategies): 問題のある話題に触れるのを避けたり、一定期間話さないようにしたりするアプローチです。日本では「言わぬが花」という文化もあり、一見すると賢明な選択に思えるかもしれません。しかし、研究によれば、この戦略もまた、親子の連帯感を低下させ、関係性への矛盾した感情を高めるなど、長期的には関係の質を損なう可能性が高いことがわかっています。
Birdittら(2009)の研究はアメリカの親子であり、文化的・人種的な差はあれども、直感的には了解できる内容ではないでしょうか?これらの戦略を理解することは、年末年始に直面しがちな各世代特有の課題を乗り越えるための羅針盤となる可能性があります。次のセクションでは、日本における親子研究を主軸にしながら、具体的な世代別の課題と、それぞれの状況でどの戦略が有効かを考えてみました。
3. 【世代別】年末年始に役立つコミュニケーションの処方箋
親子関係は、まるで四季のように、生涯を通じてその景色を変えていきます。20代が自立という春の芽吹きであれば、やがては親の老いという冬の静けさと向き合う日も訪れます。それぞれの季節には特有の課題と、そして喜びがあります。ここでは4つの世代の組み合わせに分け、それぞれの発達段階で生じやすい特有の課題と、それに対応するためのコミュニケーションの処方箋を提案します。
3.1. 子20代-親50代:「自立と甘え」の境界線上で
20代の子どもと50代の親の関係は、「自立」という春の芽吹きを軸に展開します。子どもは社会人としての一歩を踏み出し、親は子育ての最終段階を迎えます。この時期は、物理的な距離と心理的な距離のバランスを取ることが課題となります。
米村(2008)の研究によると、就職や離家を機に親元を離れることで、かえって親子関係が良好になる若者が多いことが示されています。一方で、経済的な理由から同居を続けざるを得ない若者の葛藤も深刻です。「『同居している=精神的な自立ができていない』という感情が日ごとに増してゆき、最近は得体の知れないもどかしさに駆られることがある」という声は、その見えにくい緊張を象徴しています。
子ども(20代)へのアドバイス: 親からの支援に対して、まずは「ありがとう」と感謝の気持ちを言葉で伝えましょう。その上で、仕事の状況や将来の計画について具体的に話すことで、「一人の大人」として着実に歩んでいる姿を見せることが、親を安心させます。親の助言や心配を「うっとおしい」と感じることもあるでしょう。ある若者は「時にはうっとおしいと思うこともあるが、心配してくれていることを思うと、やめてとも言えない」と語っています。その際は、感情的に反発する「破壊的戦略」ではなく、「心配してくれてありがとう。でも、この部分は自分で考えてみたい」と、自分の考えを冷静に伝える「建設的戦略」を心がけてください。
親(50代)へのアドバイス: 「子どもの自立を願う気持ち」と「まだ手元に置いておきたい寂しさ」という、ご自身の両義的な感情を自覚することが大切です。研究によれば、若者は親から信頼され、「自由」を与えられること(放任主義)が良好な関係につながると感じています。過度な干渉は、子どもの自立心を削ぎ、関係の緊張を高めるだけです。これからは「干渉」ではなく、求められたときに経験を語る「助言」へとスタンスを変え、子どもの選択を信じて見守る姿勢が求められます。
3.2. 子30代-親60代:「対等な大人」への移行期
30代の子どもが結婚や出産を経て自身の家庭を築き始め、60代の親が定年退職などで社会的な役割を終えるこの時期は、親子関係が「保護者と被保護者」から「対等な大人同士」へと大きく移行する、いわば関係性の夏です。
田仲・石井(2023,024)による成人期の親子関係に関する一連の研究では、子ども自身が「子育て」を経験することで、自分が親からどのように育てられたかを振り返り、親への理解が深まる「世代継承性」を意識し始めることが示されています。特に男性は、自身が父親になることで、それまで距離を感じていた自分の父親との心理的な距離が縮まる傾向が見られます。
子ども(30代)へのアドバイス: 自分の家庭(配偶者との関係や子育て)の方針について、親からのアドバイスは感謝して受け止めつつも、最終的な決定権は自分たち夫婦にあるという「境界線」を明確にすることが重要です。親の意見をすべて受け入れる必要はありません。孫の成長を共有するなど、新しい家族の形を共に楽しむ姿勢で接することで、健全な「対等な大人」としての関係を築いていきましょう。
親(60代)へのアドバイス: 子どもが一人の独立した大人であり、そのパートナーと共に新しい家庭を築いていることを尊重する姿勢が何よりも大切です。あなたの子育ての経験は貴重ですが、時代も価値観も変化しています。子どもの家庭の方針に過度に干渉することは避けましょう。かつての「しつけをする親」という役割から、「孫を可愛がり、子どもの家庭を温かくサポートする祖父母」という新しい役割へと、ご自身の意識を転換させることが、円満な関係の鍵となります。
3.3. 子40代-親70代:「親の老い」と向き合う時期
40代の子どもは、仕事や家庭で中心的な役割を担う一方で、70代の親の「老い」を具体的な形で認識し始める、関係性の秋を迎えます。PGF生命の『おとなの親子』の生活調査2025によれば、この年代から親子の会話のテーマは「健康・病気」に関するものが急増します。そして、多くの子どもが「守られる立場から、守るほうになった」という役割の逆転をはっきりと意識し始めます。
この時期の最大の課題は、親の将来(介護、お金、終活など)というデリケートな話題をいかに切り出すかです。同調査では、多くの子どもがこれらのテーマについて「話したいが話せていない」という葛藤を抱えていることが明らかになっています。
子ども(40代)へのアドバイス: 親の将来に関する話題は気まずく、つい先延ばしにしがちですが、この時期に「回避的戦略」をとり続けることは、将来の不安や負担を増大させるリスクを伴います。問題を先送りにせず、建設的な対話を始める勇気を持ちましょう。ただし、Chaiらの研究(2020)では、特に身体機能に問題を抱える父親に対しては、頻繁な連絡が逆にネガティブな関係につながる可能性も指摘されています。連絡の「量」よりも「質」を重視し、「こうすべきだ」とアドバイスを押し付けるのではなく、「何か困っていることはない?」「将来のことで、どう考えているか少し聞かせてもらえると安心なんだけど」と、相手を尊重する姿勢で対話を試みてください。
親(70代)へのアドバイス: 子どもがあなたの健康や将来について心配し始めるのは、あなたへの深い愛情の証です。その気持ちをまずは受け止めてあげてください。「まだ大丈夫」と話を遮るのではなく、「心配してくれてありがとう」と感謝を伝えましょう。自分が将来どのような介護を望むか、あるいは望まないかなど、ご自身の希望を少しずつ伝えておくことは、子どもの漠然とした不安を和らげ、いざという時の家族の負担を大きく軽減することにつながります。
3.4. 子50代-親80代:「感謝といたわり」の最終章
50代の子ども自身も自らの老後を意識し始め、80代の親の多くが何らかのサポートを必要とするこの段階は、親子関係の静かな冬、最終章とも言えます。PGF生命の『おとなの親子』の生活調査2025では、この時期の子どもにとって、親の介護に対する「精神的負担」や「体力的負担」が最も現実的な不安となっています。また、田仲・石井(2023,2024)による一連の研究では、親の老いをはっきりと認知するほど、この負担感は高まることが示されています。
子ども(50代)へのアドバイス: 完璧な子ども、完璧な介護者であろうとしないでください。介護の現実は、疲労や焦りから、つい否定的な言葉を口にしてしまう瞬間を増やします。福川ら(2002)の研究が示すように、家族との否定的な相互作用(口論など)の一つ一つの小さな口論が、あなた自身の心を蝕んでいくのです。だからこそ、「完璧な介護」ではなく、「穏やかな時間」を目指すことが何よりも大切になります。「破壊的戦略」は極力避け、親の良い面に目を向け、感謝を伝えることを意識してください。例えば、「親から教わって感謝していること」を改めて話題にし、「あの時のあの言葉が、今の自分を支えているよ」と伝えるなど、肯定的なコミュニケーションを増やす工夫が、あなた自身の心の支えにもなります。
親(80代)へのアドバイス: 子どもへの感謝の気持ちを、ぜひ言葉にして伝えてください。「いつもありがとう」「あなたがいるから安心だ」といった一言が、介護の負担を感じている子どもの心をどれほど軽くするか、計り知れません。たとえ身体が不自由になったとしても、これまでの人生で培われた知恵や経験、そして愛情を伝えることはできます。子どもとの穏やかでポジティブなやりとりが、子ども自身の精神的な健康にとっても、かけがえのない支えとなるのです。

4 ストレスレベル別・親との接触時間の調整法
【世代別】年末年始に役立つコミュニケーションの処方箋は、残念ながらごく一般的な親子関係についての提案に限定されます。幼少期より様々な葛藤を抱えてきた親子関係においてはその前に調整すべきことがあるでしょう。場合によっては、物理的距離をとることが関係性において最善策であるケースも想定されます。福川ら(2002)の中年期を対象にした研究ではありますが、既にストレスフルな状態の場合には、親子の否定的交流は抑うつ感を増加させる効果はそこまでみられないが、ストレスが低〜中程度の場合には、否定的交流が抑うつ感を増加させることを示しています。つまり、親との否定的交流が多い状況において、ご自身のストレス状態に応じて親子間の接触時間を調整する必要があるということです。
では、早速どのように調整すべきかについて、福川ら(2002)に基づいて実践的なアドバイスを提供します。
1. ストレスレベルが「低〜中程度」の場合:接触時間をあえて絞る
【状況】 仕事やライフイベントなどによるストレス体験が比較的少ない、または中程度にとどまっている状態です。
【リスク】 この段階では、否定的交流の抑うつ増大効果が最も強く働くことが示唆されています。否定的交流(批判、過干渉など)を受けることが、ご自身の心理的健康を顕著に悪化させる原因となりえます。
【アドバイス】
• 接触時間の最小化と境界線の設定: 親との(特に否定的交流が発生しやすい)接触時間を意図的に最小限に抑えてください。
• 「限定的な接触」の徹底: 用事や必要な連絡に絞り、会話が否定的な方向に傾き始めたら、すぐに会話を切り上げる境界線を明確に設定してください。
• 否定的交流の「除去」を目的とした介入の検討: 否定的交流は健康増悪効果を持つため、これを除去することを目的とした介入方略が有効である可能性があります。ストレスレベルが低い今だからこそ、習慣的な否定的交流を断ち切るための戦略を優先的に実行してください。
2. ストレスレベルが「高い」場合:親以外の支えも活用する
【状況】 仕事やライフイベントなどによるストレス体験が非常に高く、すでに重い抑うつ傾向や心理的不健康を呈している可能性が高い状態です。
【リスクと知見】 本研究では、ストレス水準が高い場合、否定的交流による抑うつ増大効果が有意ではなくなる(限定される)ことが示されました。これは、「強いストレス下ですでに重い抑うつを呈している場合は、否定的交流による負荷が加わっても、抑うつの増大をみないのではないだろうか」という解釈がされています。
【アドバイス】
• 接触調整の優先順位の再考: すでにストレス自体が心理的健康を大きく損なっているため、親との接触時間を調整することによる追加的な心理的メリットは小さくなる可能性があります。この段階では、否定的交流の調整よりも、ストレッサー自体の除去や、肯定的交流(ソーシャルサポート)の確保を優先しましょう。
• 肯定的交流の確保に集中: 家族以外の友人、同僚、専門家など、ストレス事態に対する効果的な援助(肯定的サポート)を提供してくれる他の社会資源を活用する時間を確保してください。肯定的交流は、ストレスがないし心理的健康を低減させる効果を持つためです。
• 避けるべきこと: 親との接触を無理に増やして、さらに否定的な感情を招くことは避けるべきです。強いストレス下で否定的交流の効果は限定されるとはいえ、心理的健康の悪化を防ぐために、接触の質を高める努力(肯定的交流を増やす努力)は引き続き重要です。
5 おわりに―変化を受け入れ、建設的な対話という種をまく
この記事を通じて見てきたように、親子関係は一つの形に留まるものではなく、生涯を通じて変化し続ける、豊かでダイナミックなものです。どの世代にも、その時々で向き合うべき特有の課題と、関係を深めるための可能性があります。
年末年始という特別な時間は、ご自身の親子関係が今どの季節にあるのかを確かめる絶好の機会です。過去の季節を慈しみ、未来の季節に備え、そして何より「今」この瞬間を大切にするために、建設的な対話という種を蒔いてください。相手を尊重し、理解しようと努めるその姿勢こそが、世代を超えた温かい理解と愛情を深める鍵なのです。
とはいえ、家族関係は複雑です。双方が同時に関係性をよくしようと種をまくことが常にできるとは限りません。コミュニケーションは相互に影響を与え合い、変化していくという特徴があります。一方が態度を変えることで、すぐには難しくとも例えば次の帰省の時には少し親が変わっている、子どもが変わっているということもあります。相手が変わらずとも自分自身が種をまくことでよしとするだけでも年末年始の家族の時間があなたにとって満足いく時間になるかもしれません。
この年末年始が、皆様にとって、実り多い時間となることを心から願っております。

引用文献
PGF生命(2025)『おとなの親子』の生活調査2025
明示安田生活福祉研究所(2016)「親子関係についての意識と実態」ー親1万人・子ども6千人調査
Birditt, K. S., Rott, L. M., & Fingerman, K. L. (2009). “If you can’t say something nice, don’t say anything at all”: coping with interpersonal tensions in the parent-child relationship during adulthood. Journal of Family Psychology, 23(6), 769–778. https://doi.org/10.1037/A0016486
Chai, H. W., Zarit, S. H., & Fingerman, K. L. (2020). Revisiting Intergenerational Contact and Relationship Quality in Later Life: Parental Characteristics Matter. Research on Aging, 42, 139–149. https://doi.org/10.1177/0164027519899576
福川 康之, 坪井 さとみ, 新野 直明, 安藤 富士子, 小杉 正太郎, 下方 浩史(2002)中高年のストレスおよび対人交流と抑うつとの関連 : 家族関係の肯定的側面と否定的側面, 発達心理学研究, 13 巻, 1 号, p. 42-50,
田仲由佳, & 石井国雄. (2023). 成人期の親子関係に関する研究. 清泉女学院大学人間学部研究紀要, (20), 89-102.
田仲由佳, & 石井国雄. (2024). 成人期の親子関係に関する研究 (2). 清泉女学院大学人間学部研究紀要, (21), 39-51.
米村千代. (2008). ポスト青年期の親子関係意識:「良好さ」 と 「自立」 の関係. 千葉大学人文研究, 37, 127-150.



