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静かにつのる“しんどい” ― 年末に心が沈むときの原因と整え方

  • tomokotsukakoshi
  • 3 日前
  • 読了時間: 6分

年末が近づくと、なぜか心が重くなる。

気づけばSNSは「1年の振り返り」であふれ、街の光はまぶしく、人の声が遠く感じられる。

誰かと比べるつもりはないのに、ひとり静かな時間になると、心の底がじんと痛む。


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この“静かなしんどさ”は、決して珍しいことではありません。臨床心理学では、生活上の節目に伴う自己評価・社会的比較・認知的負荷の増大が、気分の変動を引き起こす要因になると報告されています(Higgins, 1987; Diener et al., 2021)。


本稿では、最新研究と臨床実践の視点から「なぜ年末に心が沈むのか」「どうすれば心を守れるのか」を整理します。



年末に心が沈みやすい理由


1. 「振り返り」が生む自己評価ストレス

年末は「今年の自分」を振り返る時期です。心理学的には、このとき理想自己と現実自己の差が意識化されやすく、否定的感情を誘発します(Higgins, 1987)。SNSや周囲の成功談が“比較対象”となることで、相対的剥奪感が生まれ、無意識に自己否定が強まります(Diener & Tay, 2021)。


「自分だけが進んでいない気がする」

「みんな笑っているのに、自分は笑えない」


こうした思考は、“心の評価モード”が過剰に働いているサインです。


2. 認知的疲労と「思考の摩耗」

年末は、脳が多重課題を処理する時期でもあります。仕事・家庭・年末行事が重なり、持続的な認知負荷がかかります。近年の研究では、長期的な負荷が「注意の精度・意思決定・情動制御」を低下させ、精神的疲労を生むことが確認されています(Kunasegaran et al., 2023,)。

つまり「やる気が出ない」「頭が回らない」と感じるとき、脳は“限界信号”を出しているのです。努力不足ではなく、神経生理学的な疲労の表現です。


3. 季節的要因と社会的リズムの変化

一般によく知られていることですが、冬季は、日照時間の減少と社会的活動の縮小により、気分変動が起こりやすくなります。季節性うつ(Seasonal Affective Disorder)は気候だけでなく、「活動のリズムと社会的接点の低下」が関与していることが示されています(Øverland et al., 2019,)。「人と会う機会が減る」「一人で過ごす時間が増える」ことも、心理的な負荷になります。



「何もしたくない」と感じるのは防御反応

心理神経科学では、慢性的な疲労状態では報酬系が鈍化し、喜びや達成感を感じにくくなることが知られています(Inzlicht et al., 2018)。

ここまで原因を説明してきたとおり、

感情が麻痺したり、何も感じなくなったりするのは、自己保護のための自然な反応です。このような状態は“心の防御モード”です。

つまり、あなたが「もう何もしたくない」と思うとき、それは脳や心が「休息を必要としている」と判断しているサインです。とはいえ、甘えや逃げなのではないか?休息するほど何も自分はしていない。休息する資格などないなどと、私たちは立ち止まることが苦手です。


心と脳の休息をどのようにとったらいいのでしょうか。

何もしないのは多くの人が苦手なので、どのように心を守ったらいいのか、ちょっとした回復につながる提案をしていきます。



「静かなしんどさ」を受け入れる練習

心理療法では、感情を「消す」よりも「上手に扱う」ことが重視されます。アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)は、感情を評価せずに観察することを推奨します。


たとえば、

  • 「今の私はしんどい」と声に出して認める。

  • 何もできない日を“怠け”でなく“回復時間”と再定義する。

  • 5分だけ深呼吸して、“今ここ”に戻る。


こうした行為は小さくても、自分の感情を評価せずに観察することで、自己受容と自己調整を同時に促します。


「誰にも言えない」気持ちを外に出す

感情を言葉にすること――それ自体が心理的回復の第一歩です。しかし私たちは辛いとき、辛い気持ちから気をそらしたり、つらい状況や感情について再評価するような対処法の方が自分を楽にしてくれると考えがちです。しかし、情動ラベリングに関する神経科学研究では、感情を言葉にすることは、私たちの予測に反して気持ちを楽にしてくれる効果があることがわかっています。


感情を言語化するだけで扁桃体の過剰反応が抑制されることが報告されているのです(Lieberman et al., 2019)。つまり、「つらい」と言うことは、感情を落ち着かせる科学的に有効な行動です。


言葉にする方法は問いません。日記でも、信頼できる人へのメッセージでも、独り言でも構いません。「今の私は、ただ疲れている」――その一言が、回復のきっかけになります。

ただし、客観的に自分を観察するようにして、感情に名前をつけるようにしましょう。自分の感情を追体験するような主観的な形で感情に名前をつけると、ネガティブな反芻につながりやすくかえって有害になるおそれがあります(Kross, E., Ayduk, O., & Mischel, W. ,2005)


「来年どう生きたいか」を問う前に

年末は、“新しい自分を目指そう”と決意する季節でもあります。しかし、心理療法の観点から言えば、回復の初期には「再建」よりも「安定」が優先されます。つまり、焦って目標を立てるより、まず「自分を肯定する言葉」を取り戻すことが大切です。


たとえば――


「私は、ここまで生き延びてきた」

「うまくいかなかったけれど、よくがんばった」


これは単なるポジティブ思考ではなく、存在の承認という臨床的技法です。自己肯定の回復は“成果”ではなく、“存在の受容”から始まります(Linehan, 2015)



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回復は、静かに始まる

心理臨床の現場では、「心が折れたあとに再び立ち上がる人」は、例外なく“感じる力”を取り戻した人です。感じられなくなっていた悲しみや寂しさを少しずつ受け止め始めたとき、回復が動き出します。


「しんどい」と感じられるあなたは、もう十分がんばってきた人です。静かな時間をつくって、深呼吸をひとつ。そして、自分にこう声をかけてみてください。


「今の私でいい」


それが、回復の最初の一歩です。



予約は、いまじゃなくても大丈夫。

ひとりで抱えるのが辛いなら、いっしょに考えましょう。



緊急用の無料相談窓口

 まもろうよこころ(厚生労働省 相談先を集めたHP)


参考文献

Diener, E., Oishi, S., & Tay, L. (2018). Advances in subjective well-being research. Nature Human Behaviour, 2(4), 253–260. https://doi.org/10.1038/s41562-018-0307-6

Higgins, E. T. (1987). Self-discrepancy: A theory relating self and affect. Psychological Review, 94(3), 319–340.

Inzlicht, M., Shenhav, A., & Olivola, C. Y. (2018). The effort paradox: Effort is both costly and valued. Trends in Cognitive Sciences, 22(4), 337–349.https://doi.org/10.1016/j.tics.2018.01.007

Kross, E., Ayduk, O., & Mischel, W. (2005). When asking “why” does not hurt: Distinguishing rumination from reflective processing of negative emotions. Psychological Science, 16(9), 709–715.

Kunasegaran K, Ismail AMH, Ramasamy S, Gnanou JV, Caszo BA, Chen PL.(2023). Understanding mental fatigue and its detection: a comparative analysis of assessments and tools. PeerJ 11:e15744 https://doi.org/10.7717/peerj.15744

Mizuno, K., Tanaka, M., Yamaguti, K. et al. (2011)Mental fatigue caused by prolonged cognitive load associated with sympathetic hyperactivity. Behav Brain Funct 7, 17 . https://doi.org/10.1186/1744-9081-7-17

Lieberman, M. D., Inagaki, T. K., Tabibnia, G., & Crockett, M. J. (2011). Subjective responses to emotional stimuli during labeling, reappraisal, and distraction.Emotion, 11(3), 468–480. https://doi.org/10.1037/a0023503

Linehan, M. (2015). DBT Skills Training Manual. 2nd ed., Guilford Press.

Øverland, S., Woicik, W., Sikora, L., Whittaker, K., Heli, H., Skjelkvåle, F. S., Sivertsen, B., & Colman, I. (2019). Seasonality and symptoms of depression: A systematic review of the literature. Epidemiology and psychiatric sciences29, e31. https://doi.org/10.1017/S2045796019000209


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