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生きづらさを生きる|かたつむりのメモワールが教える希望の歩み方

  • tomokotsukakoshi
  • 8月4日
  • 読了時間: 5分

今日は、アダム・エリオット監督の映画「かたつむりのメモワール」からインスピレーションを得て“生きづらさを生きる”というテーマについて少し考えたいと思います。


1 映画について introduction

かたつむりのメモワール公式によると、映画のあらすじは以下の通りです。

 幼い頃から周囲になじめず、孤独を抱えて生きてきた女性グレース。かたつむりを集めて寂しさを埋める日々を送っていたが、個性豊かな人たちとの出会いと絆を通して、少しずつ生きる希望を見出していく… 時にブラックユーモアやビターな現実も織り交ぜながら、波乱万丈な人生の喜びと悲しみを優しく描いた、感動のクレイアニメーション。

 アダム・エリオット監督はこの映画をキルケゴールの「人生は後ろ向きにしか理解できないが、前向きにしか生きられない」という言葉と「カタツムリは前にしか進めない」という事実に着想を得て8年の製作期間をかけ、CGやAIに頼らず手作業にこだわって、驚異の計13万5千ものカットをひとコマずつ作り上げました。


 映画内の登場人物には様々な社会からスティグマを押され、抑圧された人々が登場します。主人公が家族を次々になくし孤独であったことからため込み症をかかえていたことの象徴かのように、口唇口蓋裂・いじめ・PTSD・LGBTQ・アルコール依存症・障害・異常性愛者・クレプトマニア・過食症・里子・宗教による抑圧と生きづらいとだれもがラベリングするであろうストーリーが集められています。ただしそれらが強調され、スティグマを再生産するというよりは、抑圧から解放する形で描かれているさまは見事としかいいようがありません。


1.過去を振り返ることで見えてくるもの

 キルケゴールが人間の存在・選択・絶望を思索したように、私達は自分の人生を振り返ることで、自分自身の人生を理解します。人生のストーリーを振り返ることで、自分が歩んできた道の意味や痛み、そして支えてくれた人々の温かさに気づきます。映画『かたつむりのメモワール』の主人公グレースも、幼い頃の傷や孤独を抱えながら、少しずつ自分の歩みを振り返っていきます。その過程で見つかるのは、決して「忘れたい過去」だけではありません。苦しみの影にも、“小さな奇跡”や“光った瞬間”が散りばめられていたのです。

 映画は、まさにカウンセリングで自分の人生を語り直すプロセスそのものでした。

あらすじにもありますが、主人公グレースは個性豊かな人との出会いと絆で絶望の淵から希望を見いだすことができます。アダム・エリオット監督は「家族は選べないが友人は選ぶことができる」とインタビューの中で語っており、自分で選び得ない環境に生まれてしまった境遇の中でも救いの道があること、人生の真理を一ミリの押しつけがましさもなく見事に作品に昇華してくれています。


2.かたつむりは前にしか進めない

 キルケゴールの言葉の後半「人生は前向きにしか生きられない」ように、かたつむりは、地面に貼りつくようにゆっくりと前にしか進めません。しかしその一歩一歩が確かに、未来へとつながっています。どんなに小さくても、「前に進もう」とする意志がある限り、私たちは立ち止まることなく歩き続けられる――このシンプルな真実こそが、心の再生には欠かせません。しかし、実際には、私たちは「生きよう」と思えない時には「前向き」には当たり前ですがなれません。自分の人生を後ろむきに振り返っても「人生に意味や小さな光」を見いだせず、前向きに見たとしても「絶望的な展望」しか見えないのであれば到底「生きよう」とは思えない。

 キルケゴールは実存主義者であり、実存主義的精神療法的な考え方では、生きる意味や価値を求めるのではなく、自分で創出することつまり、苦しみや絶望を避けるのではなく、それらと向き合い、意味を見いだすことを求めます。自分の人生を主体的に生きることを説いています。生きづらさのまっただ中で、苦しくて絶望しているときに正面から「苦しみや絶望を避けるのではなく、向き合い、意味を見いだせ」と言われると、なかなかハードで受け入れがたいと思います。しかし、映画は、丁寧に主人公グレースが絶望の極みを体験しているまさにそのとき、自分の人生を振り返るプロセスで構成されています。グレースは苦しみや絶望と向き合いたくて向き合ったのではなく、絶望の淵で「後ろ向きに人生を理解していた」時に図らずも「苦しみの中の光」を見つけることができます。作品全体がまるでフランクルのロゴセラピーのようでもありました。人生の最後に振り返った時に、奇跡のように希望を見つけるのですが、決して現実離れしていたり、お花畑のようなご都合主義的な「希望の発見」ではないのです。


3.かたつむりの足跡は消えない証し

 かたつむりが進んだ後には、しっかりと痕跡が残ります。それは、過去に経験した苦しみも、悲しみも、決して無駄ではなかったという証拠とも意味づけられます。あなたが泣き、立ち止まり、そしてまた歩き出した“しるし”なのです。自分のこれまでの足跡の中に、希望はすでにあるのです。痕跡を見つめ直すことで、自分自身の強さや、支え合った誰かの愛に気づき、自然と“次の一歩”を踏み出すタイミングがくるのです。キルケゴールに戻ると、過去に意味を見いだすことも大切ですがが、主体的に生きるのは“今”、と“現在の自分”であり、変えられるのも今なのです。

 

映画『かたつむりのメモワール』が教える、ゆっくりでも確かな“希望の歩み方”を、あなたの人生にも

 かたつむりのメモワールは、決して華やかな物語ではありません。しかし、誰もが持つ「生きづらさ」に寄り添い、生きることの希望をそっと教えてくれます。私たちの心理カウンセリングルームでは、かたつむりのようにゆっくりでも確かな歩みを支える場を提供します。過去の傷を無理に昇華するのではなく、「今ここ」にある想いを一緒に感じ、言葉にすることで、後ろ向きに理解したあなた自身の物語を未来の物語につなげていくお手伝いをします。

 もし今、あなたが一歩を踏み出す勇気を見失っているなら――かたつむりの歩みを思い出しながら、私たちと一緒に「希望の足跡」を見つけてみませんか?

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