「消えてしまいたい」と感じるときに知ってほしいこと ― 希死念慮と心のメカニズム
- Tsukakoshi Tomoko,Ph.D.
- 2025年12月5日
- 読了時間: 13分
この記事を読んでくださっているあなたは今、心が深く傷つき、張り裂けそうなほどの苦しみを抱えているのかもしれません。「もう、消えてしまいたい」という思いが、心の大部分を占めているのかもしれません。
その気持ちは、あまりにも重く、孤独で、誰にも理解されないように感じられることでしょう。その苦しみを抱えながら、今この文章を読もうとしてくださっているあなたの力に、まず心を寄せたいと思います。
この記事は、あなたのその気持ちを否定したり、安易に励ましたりするためのものではありません。なぜそのような気持ちになるのか、その心のメカニズムを一緒に、そして静かに理解していくためのものです。そうすることで、今あなたが感じている苦しみが、決してあなたの「弱さ」や「欠点」のせいではない、ということを知るための一助となればと願っています。
目次

1. 「消えてしまいたい」と感じる苦しみは、異常ではありません
1-1「異常な状況に対する異常な反応は正常」という視点
このセクションでは、あなたが感じている精神的な苦痛が、異常なものでも、間違ったものでもないことをお伝えしたいと思います。「死にたい」と感じるほどの苦しみは、多くの場合、異常な状況に対する、ごく正常な心の反応なのです。あなたの感情は、決して間違ってはいません。
ナチスの強制収容所を生き延びた精神科医ヴィクトール・フランクルは、あまりにも過酷で非人道的な状況に置かれたとき、平静を保っている方がむしろ異常である、という考えを示しました。彼の言葉を借りるなら、「異常な状況に対する異常な反応は、正常な行動である」 (An abnormal reaction to an abnormal situation is normal behavior.) と言えるのです。
あなたが今直面している状況は、客観的に見れば、心が悲鳴を上げるのが当然なほど、困難なものなのかもしれません。
1-2デモラリゼーションとは何か ― うつ病との違い
このような状態は、心理学の専門用語で「デモラリゼーション」と呼ばれることがあります。これは、自分ではどうにもならないストレスに長期間さらされ、対処するエネルギーが枯渇してしまった結果として生じる、「無力感、孤立感、絶望感」が特徴的な心の状態です(Costanza et al., 2022)。
ここで非常に大切なのは、これがうつ病とは異なるものだということです。研究によれば、深いデモラリゼーションを経験している人の約半数は、臨床的なうつ病の診断基準を満たさないことが示されています。つまり、あなたが感じている極度の疲弊感や絶望感は、何か他の病気の症状としてではなく、それ自体が独立した、正当な心の状態として認められているのです。
これは単なる気分の落ち込みではありません。たとえるならば、暗いトンネルの中で、光があるのかさえ確信できなくなった歩行者のようです。出口が“ない”わけではない。ただ、今は見えず、「出口があると信じる力」が落ちてしまっている。「デモラリゼーションとは、故障ではなく“長いストレスにさらされ続けたことで、心のバッテリーが限界まで消耗した状態」です。そのため、“補給と回復”が中心であり、うつ病のような“機能の障害”とは異なります。
では、この苦しい気持ちは、どのような心のプロセスを経て生まれてくるのでしょうか。次のセクションで、そのメカニズムを具体的に見ていきましょう。
2. 「死にたい気持ち」が生まれるまでの心のプロセス(IMVモデル)
「死にたい」という気持ちは、決して突然、どこからともなく湧いてくるものではありません。多くの場合、特定の心理的な段階を経て、徐々に形成されていきます。この心のプロセスを理解することは、あなた自身が今、どの段階にいるのかを客観的に知るための第一歩になります。
ここでは、自殺念慮が生まれるプロセスを、心理学のIMVモデル(O'Connor & Kirtley, 2018)に基づき、3つのステップでご説明します。
ステップ1:「もうダメだ」という完全な敗北感と屈辱(Defeat)
プロセスの始まりは、人生における深刻なストレスや出来事(たとえば、失業、人間関係の破綻、病気、大きな失敗など)によってもたらされる、「完全な敗北感」です。
これは、「自分の力ではもうどうにもならない」「完全に打ちのめされた」と感じる、圧倒的な感覚です。例えるなら、大きな嵐の中、帆が裂けてしまい、どう舵を切っても前に進めない船乗りのような状態です。戦おうとしたわけでもないのに、「抗えない力」に包囲されてしまったような状態です。この「敗北感」が、心を次の段階へと進ませる最初の引き金となります。
ステップ2:「どこにも逃げ場がない」という囚われた感覚(Entrapment)
敗北感が続くと、心は次に「この苦しい状況から逃れる道はどこにもない」という感覚に囚われます。これが「囚われた感覚」です。
まるで出口のない暗いトンネルの中に閉じ込められてしまったような、あるいは四方を高い壁に囲まれ、どこにも行けないような感覚です。助けを呼んでも声は届かず、どの方向を見ても絶望しか見えない。この「囚われた感覚」が、死以外の選択肢を心から見えなくさせてしまう、非常に重要な段階です。そしてこの感覚は、「自分は人の迷惑になっている」「どこにも自分の居場所がない」という、痛みを伴う感情のレンガで築かれていることがよくあります。それらの感情については、次に詳しく見ていきます。
ステップ3:死が唯一の出口に思えてしまう(Suicidal Ideation)
「囚われた感覚」が極限まで強まったとき、心は苦痛から逃れるための唯一の「出口」として、「死」を認識し始めます。
ここで大切なのは、これは積極的に生きることを否定しているというより、耐えがたい苦痛を終わらせたいという切実な願いの表れであるということです。燃え盛るビルの中に閉じ込められた人が、炎の苦しみから逃れるために、窓から飛び降りることを選ぶのに似ています。それは、飛び降りたいからではなく、ただ、その耐えがたい熱さから解放されたい一心での、究極の選択なのです。
「思考は命令ではない」という心理学の視点
このように、「死にたい」という気持ちは、複雑な心のプロセスを経て生まれます。そして知っておいていただきたいのは、たとえこのプロセスが希死念慮につながったとしても、それが自動的に行動につながるわけではない、ということです。心理学では、思考が行動に移されるまでには全く別の要因が関わることがわかっており、思考は命令ではない、ということを裏付けています。
では、その気持ちの内側には、具体的にどのような感情が渦巻いているのでしょうか。さらに詳しく見ていきましょう。
3. 希死念慮の裏側にある4つのつらい感情とは
前のセクションで、「囚われた感覚」が希死念慮に至る重要なステップであることを見てきました。では、その「囚われた」という感覚は、一体何でできているのでしょうか。多くの人にとってそれは、いくつかの特定の、痛みを伴う感情が毒のように混ざり合ったものを表す言葉です。
それらを一つひとつ丁寧に紐解いていくことで、自分の心の状態を少し客観的に眺める手助けになるかもしれません。ここでは、自殺の対人関係理論(Joiner et al., 2011)やデモラリゼーションの概念(Costanza et al., 2022)を参考に、代表的な4つの感情をご紹介します。
3-1「自分は迷惑な存在だ」という負担感(Perceived Burdensomeness)
「自分がいることで、家族や友人に迷惑をかけている」「自分は社会のお荷物だ」と感じ、「自分がいない方が、みんなのためになるのではないか」と考えてしまう心理状態です。自分の存在そのものが、他者にとっての重荷であるという、痛みを伴う感覚です。
3-2「どこにも居場所がない」という孤立感(Thwarted Belongingness)
誰とも深いつながりを感じられず、「この世界に自分の居場所はどこにもない」と感じる強い孤独感や疎外感です。大勢の人の中にいても、自分だけが透明人間になったかのように感じ、誰からも理解されず、受け入れられていないという感覚に苛まれます。
3-3「もう、どうにもできない」という無力感(Helplessness / Subjective Incompetence)
デモラリゼーションの中核的な感情の一つで、目の前の問題や状況に対して、自分は完全に対処する能力を失ってしまった、という感覚です。何をしても無駄だ、どんな努力も意味がないと感じ、行動する気力そのものが湧いてこなくなります。
3-4「人生に意味なんてない」という空虚感(Loss of Meaning)
人生の目的や意味、価値を見失い、生きていること自体が空っぽで虚しいと感じられる状態です。喜びも悲しみも感じにくくなり、ただ時間が過ぎていくのを眺めているような感覚に陥ることがあります。しかし研究によれば、この苦しい状況の中で「人生の意味を探求すること」そのものが、困難を乗り越える力にもなり得ることが示唆されています(Costanza et al., 2020)。
これらの感情は、決してあなたの「弱さ」から生まれるのではありません。むしろ、あなたが真面目に人生に向き合い、他者を思いやり、より良く生きたいと願ってきたからこそ、その理想と現実のギャップに深く苦しんでいる証なのかもしれません。
4. 苦しみの中に「意味」を見出す道はあるのか
フランクルが語る『最後の人間的自由』とは
敗北感、囚われた感覚、そして孤立感といった感情が積み重なっていくのを見ると、自分にはもう何の選択肢も残されていない、と感じるのは自然なことです。コントロールできるものは、何一つ残っていない、と。しかし、人間であることに関する最も深遠な真実の一つは、想像を絶するほど希望のない場所で見出されました。そしてそれは、まさにこの無力感に直接語りかけるものです。
精神科医ヴィクトール・フランクルは、強制収容所という極限状況の中から、私たちに一つの真実を伝えてくれています。
人間からすべてを奪い去ることはできるが、一つだけ、与えられた状況で自分の態度を選ぶという、『最後の人間的自由』だけは奪えない。
避けられない苦しみと、態度を選ぶ力
どのような状況に置かれても、それをどう受け止め、どういう態度で向き合うかという内面的な自由だけは、誰にも奪うことはできない、ということです。
この内なる自由が持つ力を示すために、フランクルはしばしば哲学者フリードリヒ・ニーチェの言葉を引用しました。
「『なぜ』生きるかを知っている者は、ほとんどあらゆる『いかに』生きるかにも耐える」
人生に何らかの目的や意味を見出すことができれば、人は信じられないほどの困難に耐え抜く力を発揮できる、ということです。
苦しみの中で「意味」を探すことの臨床的な意味
フランクルによれば、人生の意味は、苦しみや死を含めても、決して失われることはありません。むしろ、避けられない苦しみをどのように受け止め、自分の十字架をどのように背負うかという態度そのものに、人生をより深い意味で満たす究極の機会があると説きました。
あなたの苦しみは、今はただ無意味なものにしか思えないかもしれません。しかし、その苦しみと向き合うあなた自身の「態度」の中に、未来のあなたにとっての、かけがえのない「意味」が隠されている可能性が、まだ残されているのです。
5. 今すぐできる、小さな1分間アクション
ここまで心の仕組みについてお話ししてきましたが、圧倒的な感情の渦に飲み込まれそうな時に、今すぐできることがあります。
これは、問題を解決するためのものではありません。ただ、苦しい感情が心全体を支配している状態から、ほんの少しだけ距離をとり、心の中に「隙間」や「安全な場所」を作るための、1分間の優しいアクションです。もし、できそうだと感じたら、試してみてください。
■1分アクション■外界の美しさに1分だけ意識を向ける
窓の外の空の色、雲の形、近くにある植物、または壁に飾られた絵や写真、あるいは手元にある物のデザインなど、自分を取り巻く外界の「美」や「調和」の要素を一つ選び、それに意識的に注意を集中し、没頭します
精神的な生活が豊かだった人々は、悲惨な環境から内なる豊かさや精神的な自由へと逃避することができました。自然や芸術の美しさを体験することで、一時的に恐ろしい状況を忘れることができたとされています(Frankl,1959)。
感情の渦から少し距離をとるということ
このアクションの目的は、苦しみを消し去ることではありません。ただ、あなたを飲み込もうとする感情の渦から、「1分だけ」距離を置き、ほんの少しの心のスペースを取り戻すことです。それだけで、今は十分です。

6. あなたは一人ではありません ― 相談先と専門家による支援
「死にたい」と感じるあなたへのメッセージ
この記事を最後まで読んでくださり、本当にありがとうございます。
ここまでお伝えしてきたように、「死にたい」という気持ちは、決してあなたがおかしいからでも、弱いからでもありません。それは、耐えがたいほどのストレスに対し、心がエネルギーを使い果たしてしまった結果として生じる、一つのプロセスなのです。そのプロセスを知ることは、自分を責める気持ちを、ほんの少し和らげてくれるかもしれません。
そして、何よりも知っていただきたいのは、あなたはその苦しみを一人で抱え込む必要はないということです。
電話・SNSで相談できる公的窓口という選択肢
あなたの苦しみに耳を傾け、安全な場所で気持ちを分かち合うための場所があります。例えば、「よりそいホットライン」のような相談窓口は、まさにこの瞬間のために存在します。そこには、あなたが今感じているのと同じ気持ちの声を、判断することなく、ただ静かに聴く訓練を受けた人たちがいます。
一対一のカウンセリングという選択肢
もし、専門家と一対一で、ご自身のペースでじっくりと心の整理をしていきたい、この苦しみの先に「意味」を見出す道を探していきたいとお考えでしたら、私たち臨床心理士がお手伝いできるかもしれません。
東京中央カウンセリングでは、あなたの苦しみに深く寄り添い、あなたがあなた自身の力で再び歩み出すための道を、共に探していくお手伝いをしています。話してみようかな、と思われた時には、いつでも私たちのウェブサイトの扉を叩いてみてください。私たちは、いつでもあなたをお待ちしています。
--------------------------------------------------------------------------------
【重要なお知らせ】
この記事は、心理的なサポートの一つの考え方を提供するものであり、専門的な治療に代わるものではありません。もし、あなたが深刻な苦痛を感じていたり、希死念慮が続いている場合は、決して一人で抱え込まず、専門の相談機関や医療機関に連絡してください。あなたの話を聞き、支えてくれる場所が必ずあります。
<相談窓口>
• 厚生労働省 まもろうよ こころ
◦ 電話相談、SNS相談など、様々な窓口が紹介されています。
◦ ウェブサイト: https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/
• よりそいホットライン
◦ 電話番号: 0120-279-338 (24時間)/チャット相談・外国語対応もあり
◦ ウェブサイト: https://www.since2011.net/yorisoi/
• こころの健康相談統一ダイヤル
◦ 電話番号: 0570-064-556 (対応日時は都道府県によって異なります)
参考文献
Costanza, A., Baertschi, M., Richard-Lepouriel, H., Weber, K., Pompili, M., & Canuto, A. (2020). The Presence and the Search Constructs of Meaning in Life in suicidal patients attending a psychiatric emergency department. Frontiers in Psychiatry, 11, 327. https://doi.org/10.3389/fpsyt.2020.00327
Costanza, A., Vasileios, C., Ambrosetti, J., Shah, S., Amerio, A., Aguglia, A., Serafini, G., Piguet, V., Luthy, C., Cedraschi, C., Bondolfi, G., & Berardelli, I. (2022). Demoralization in suicide: A systematic review. Journal of Psychosomatic Research, 157, 110788. https://doi.org/10.1016/j.jpsychores.2022.110788
Frankl, V. E. (1959). Man's search for meaning. Beacon Press.
Joiner, T. E. Jr., VanOrden, K. A., Whitte, T. K., et al.: 自殺の対人関係理論―予防・治療の実践マニュアル―. (北村俊則監修): 日本評論社, 東京, 2011
O'Connor, R. C., & Kirtley, O. J. (2018). The integrated motivational–volitional model of suicidal behaviour. Philosophical Transactions of the Royal Society B: Biological Sciences, 373(1754), 20170268. https://doi.org/10.1098/rstb.2017.0268
